サイコロ追跡中。

サイコロの転がる、その先へ。

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2006年

12月23日

(土曜日)

RPGのテクニック:インプロから学ぶ その3

 前回の文章、「やっと本題です」から始まったのに「やっと入り口に着いた」で終わる、なんとも頭の悪い構造をしていますね。自戒として訂正せずにおきましょう。
 しかし、自分でRPG論を語るのはナンとも恥ずかしいところがあります。たくさんの人たちが、僕より高度でオリジナリティのあるRPG論を展開している中で、僕が語るのは、なんとも古臭い2・3年前のRPG論。しかも、素人もいいとこのインプロ(実を言うと、インプロのショーを2回見て、ワークショップに2回参加しただけなのです。僕は。)を持ち出すこの大風呂敷。うーん、いい感じにウツになってきました。

 さて、ウツになりっぱなしのテンションで続きです。

 インプロのテクニカルタームはウェブ上の日本語ではココが詳しいと思います。とてもよくまとまっています。これを参考にしながら、お話を展開していくことにしましょう。

 と、言うよりはむしろ多くの演技演出重視型RPGのファンが上のページを読んでくれれば、記事の目的は半分以上終了なのですが。

・Yes,and
 いきなり用語集にない言葉でゴメンナサイ。でも、インプロを語るときにはなくてはならない言葉なので。僕はTRPGにおいてはインプロにおけるほど大事な概念だとは考えていないのですが、この概念を説明すると、インプロ自体が俯瞰できるので、はじめに解説します。

 インプロでは役者が演技によって、何かを定義するところから始まります。これをオファーofferと言います。無茶苦茶抽象的ですね。例を挙げましょう。

A→B「博士!タイムマシーンが完成しました!」

#余談ですが、ここでAはBに対して、複数のオファーをしています。
#1.Bは博士である。
#2.タイムマシーンについて話そう。
#3.BはAから敬語(少なくとも丁寧語を)使われる立場である。

 さて、ココからシーンを駆動させるのに、自然なBのセリフはどんなものでしょうか。
1「僕が博士?僕はタダの大学院生ですよ。」
2「それはよかった。」
3「ウム、苦節30年、武者小路君もそんなに毛が薄くなるまで、よく私に尽くしてくれたな。」

1はまさにお話になりません。
でも、2もシーンを駆動しているとはいえません。
3がこの中では一番シーンを駆動していそうじゃありませんか?

三番目のセリフを構築する技術が、Yes,andです。即ち、他者の提案を受け入れ、自分のアイディアを付け加える。それは新たなオファーになり、次のオファーにつながる。このようにして、インプロの舞台は進んでいくのです。

・RPGにおけるYes,andの応用
 最も無難な演出をするための技術です。(より良いかどうかはまた別問題。)自然にシーンが駆動します。Yes,andはRPGにおいても、身につけたい技術です。と言うより、最近のFEARのRPGはこの技術を前提にしています。

ハンドアウト制はYes,andの技術がなければまったく楽しむことが出来ません。ハンドアウトの前提を受け入れた上で、継ぎ足すというのが演出上ハズレがありません。

また、演出を行なう時、Yes,andにのっとっているかを頭の片隅においておくと、今自分が無難な演出をしようとしているか、困難な演出をしようとしているのかの評価が出来るでしょう。

2006年

12月20日

(水曜日)

クリスタル・トゥーム

 異界戦記カオスフレアのサプリメントを買ってきました。シナリオ以外読了。誰かマスターやってくれないかと少しだけ期待しているのですが、まぁ自分で読んでやった方が早いかなぁ。

 表紙。聖戦士チックな学生服君が片目にスカウターっぽいものを着けていて、「そんなガラス細工よりも壊れやすい物を目の近くに置いちゃまずいだろ!」とか思ったのですが、よく本文を読むと悪魔召喚プログラムを起動させるウェアラブルPCだそうで。ああ、それなら壊れたのみたことないっていうか昔はそれで直接殴るための武器データがあったんじゃなかったっけ?

 内容は…うん、すごいです。あれだけR&R誌で溜まった追加データの再掲が一切なし!(がぁぁぁ!バックナンバーを揃えねばぁっ!)その癖たった74ページで僕が数えれただけで10作品以上のマンガ・アニメ・RPGをパクリまくってます。たぶんシナリオ2本で最低二作品ぐらいパクるでしょう。すげぇ。あ、このパクるという言葉は否定的な意味で使ってるんじゃないですからね?

 エネルギー吸収ボール(じゃなくてブラックグロ-ブという名前ですけど)など、細かいネタを織り交ぜてくるのには、かなり腹抱えて笑いました。「G弾!」「エネ吸5!」という会話が懐かしい。


 メーテルエロール・カイオスがなんかよくわからん組織の長に。銀河鉄道からセイントや雪風が飛び出してくる模様。コレで支配者クラスは女性格が男性格と同数に。うむ、当然の流れといえよう。というか、萌えのないトップにはついていけん!というのが最近の風潮のようなので、ジェイコブ君もこの際性転換してはいかがか。ところで、やっぱりここはPCでテツロウを作るべきなんでしょうか。

 まぁそういうわけで、大変よくパクリました。というところでしょうか。

追記!(12/20 16時)

 結局シナリオを読んで、激しくネタばれをしていることに気づき、その部分を「続き」に収納しました。シナリオをプレイしたい人は出来るだけ読まないように。見ちゃった人は・・・ごめんなさい!ほんとにごめんなさい!出来れば忘れてくれい。

「そんなにみんな読んでないから大丈夫だよ。」

あ、そっかそっか。・・・・・・・それはそれで悲しい。

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2006年

12月19日

(火曜日)

RPGのテクニック:インプロから学ぶ その2

 やっと本題ですね。
 インプロってなぁに?というところから。
 まぁウィキペディアやインプロ団体のページとかを読んだ方が詳しいし、結構TRPGとの関係も指摘されて久しいので僕がわざわざ書いてもなぁという感じなんですが、そんな事言ったらこのブログの存在価値が真っ向から無くなるので書きます。

 インプロとは即興劇のことです。ああ、説明が終わってしまった。(いやほんとは「即興」しか意味しないんですが、大体演劇のことをさします。)

 昔からRPGは即興劇みたいなものだと初心者に紹介されることがありました。その割りに、紹介している本人ですら、即興劇の理論を、いや、演劇理論さえ全く学ばずにいるということが多くあります。

 即興や演出は努力しても上手くならないものだと勘違いしている人たちが時々いますが、コレは過りです。即興が上手いのはたしかに才能のせいかもしれませんが、即興が下手なのはタダのスキル不足です。
 では、経験を積めばそのスキルを伸ばせるかというと、それは正解でもあり、誤りでもあります。たしかに繰り返し練習すれば身につくかもしれませんが、その道はあまりに遠すぎます。

 ところで、何であれ、学習するのに一番手っ取り早い方法がなんだかご存知ですか?それは専門用語を勉強することです。テクニカルタームとか、キーワードとか言うこともありますね。専門用語は、その世界の重要概念のパッケージです。専門用語を学ぶことによって、我々は苦も無く先人達が苦労して分析・抽出・整理したその分野の構成要素を高速で学ぶことが出来るのです。

 インプロのテクニカルタームには、良い即興演出・即興演技を生み出すのに必要なスキルが理論的に仕分けされ、整理されています。そして、このテクニカルタームは演技演出重視型TRPGにも転用可能なのです。

 ふう。やっと入り口に着きました。次回から実際にインプロのテクニカルタームとそのRPGへの応用を考えていくことにしましょう。

2006年

12月17日

(日曜日)

RPGのテクニック:インプロから学ぶ その1

「馬場秀和さんの文章のファンだ」と語ったことがあります。馬場秀和さんが文章にしてくれなければ、問題意識を持つことも難しかったであろう事がいくつもあります。結果としては、馬場さんとはべつのRPG道を歩んできた僕ですが、そのバックボーンは馬場さんの文章への反駁なしでは成立しません。
 馬場秀和ライブラリの『馬場秀和のマスターリング講座』もその一つです。すばらしい文章です。是非通読していただきたい。

 RPGは努力して上達すればするほど楽しくなるんだ。いや、努力それ自体、うんと楽しいんだ。そして、上達の喜びこそ、他の何よりも価値ある収穫なのだ(以下、斜体は『馬場秀和のマスターリング講座』からの引用です。)

 2000年前後当時、「RPGに上達なんかない」という意見が大手を振って歩いていた時代。僕は馬場さんによって勇気付けられました。僕もそう思っていたからです。そして次の文章にもまた、深い感銘を受けました。

 ところで、この前提を認めない人がいることは承知しています。現に、世の中には「RPGはゲームではなく、ごっこ遊びだ」と主張する人がいます。(そういう人は「ごっこ遊び」ではなく「ロールプレイ重視」といった表現を好むようですが)

 彼らの主張はいつも似たようなものです。要するにシステム(ルールや背景世界)より、いわゆる「ロールプレイ」や「ノリ」あるいは「参加者が楽しむこと」の方を重視すべきだというのです。

 いったい、どうやったら、そんな主張をベースに「上達のための方法論」を構築できるのでしょうか。私には、そんなことが可能だとは到底思えません。


 この文章が、今の僕が自信を持って「TRPGはごっこ遊びだ」「演技演出重視」「参加者が楽しむことを重視する」と主張できる原動力の一つとなっています。なぜなら、この文章に対する明確な反駁を、僕は持っているからです。

 「ごっこ遊び」や「ノリ」あるいは「参加者が楽しむこと」の上達の方法論は構築可能であるどころか、当時既に構築されていました。分野は演劇でしたが、RPGにいつでも転用可能な状態でした。それが、「インプロ」の方法論です。

うーん、前フリだけで眠くなってきましたので続きはまた気が向いたときに。

2006年

12月04日

(月曜日)

僕たちはクリエイタじゃない

 RPGは、いや、ゲームという芸術はすべて製品になった時点では半完成品だと、ウチのサークルの尊敬できる御仁がのたまっておりました。かなり広い範囲に認識されている考え方だなと思います。んで、そういうことを考えるたびに痛感させられるのは自分が非クリエイタだということで。

 とにかく、少なくとも演技演出重視型RPGに関して、僕にはクリエイタの才能が微塵もないと自信を持って言えます。だから、RPGの完成たるプレイにおいては、外から吸収したものを垂れ流すぐらいしか出来ないわけです。真に芸術活動たるためには、そこに何かしらの創造があって欲しいのですが。

 しかし、多くの人たちは僕と同じなのではないでしょうか。小説、映画、TV、演劇、アニメ、ごく一部のクリエイタのプレイ。そういうものを焼きなおしたり、温めなおしたり、混ぜてみたり、あろう事かそのまま生で出してみたり。オマージュ、パロディ、パクリ。一体全体こんなことが本当に楽しいのか。

 Ans:楽しい。

 そもそもゲームという芸術は、クラシックというよりポップスであり、オペラというよりも新劇一座であり、芸術映画というよりB級アクションであり、シュル・リアリズムというよりポップアートであり、それらについていえることは、即ち、我々消費者のためにあるのだということなのです。

 従って、RPGの主流がこのようなクリエイタの才能のない消費者のために作られているのはむしろ自然な形で、クリエイタの才能がある人は、その現状を嘆いたり我々を非難している暇があったら、その芸術的なプレイを見せ付けるべきだと思うのです。それは新たなベースとなって、我々に消費されることでしょう。

 うーん眠くなってきました。
 最後にまったく関係ないお話を一つ。FC2ブログ記事にはジャンル・スレッドテーマというやつが設定されていて、同一テーマの記事をめぐりやすくしているのですが、(例えばこの記事はジャンル・ゲーム、スレッドテーマ・TRPG)このテーマという奴が、ユーザが自由に立ち上げることが出来るんですね。で最近、ジャンル・ゲームにWiiのテーマが三つもたちました。誰か彼らにCtrl+Fを教えてあげてください。

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