サイコロ追跡中。

サイコロの転がる、その先へ。

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2006年

09月25日

(月曜日)

リアリティってなんだろう。その2

 考察は、すればするほど頭がこんがらがってきますね。ガンドッグリプレイの話をする予定だったのになぁ。



 前回は「リアリティとは、個人的な体験である」と述べたところまででしたね。要は、「主観者によってリアリティは違う」ということです。ですから、TRPGではそのスリ合わせが必要になってきます。すなわち、各人の感情移入が阻害されない程度に高く設定するべきですし、各人が対応可能な程度に低く設定すべきということになります。

 ……ムリでしょ?いや凄く小さなコミュニティの中でセッションをするなら、リアリティののバラつきも少ないんでしょうが、あっちは理系の大学教官でファンタジー読み、こっちはコンビニのバイトをしながら、小説家を目指している青年、僕は文系大学生でMMORPGが大好き、なんて状況の方が多いわけで、この中で全員が満足できるリアリティってそうはないと思うのです。だから、寛容性が必要になるわけです。

 例えば、あなたが医療関係の知識がある人だとします。
GM「(サイコロを振って)残念ながら、ジミーにつけられた心電図の波形が真っ直ぐになる。」
メディック「クソッ!電気ショックをかけるぞ!」
GM「OK,では医療判定で……」
あなた「いや、無理だろう。心静止だから徐細動は無効だ。」
メディック「……」
GM「……」

 こんなリアリティには意味がないでしょう?この例は極端かもしれませんが、こんなことが結構まかり通っているのをよく見かけます。

 その1で、ガジェットや設定によって物語への感情移入が阻害される状態のことを「リアリティがない」と表現するのだ、と言いましたよね?裏を返せば、リアリティの意義は物語への感情移入を促進することだと思うのです。つまり、リアリティとは物語を作るための「ツール」に過ぎないということです。重要な道具なので大切にするべきですが、主と従を間違えてはいけません。

 VANさんがコメントで出してくれた例を引っ張ってきましょう。
>グラスランナーは種族特性でシーフ技能があるので手癖が悪い⇒どっかのリプレイみたいに町の人は好意的に本は貸さないだろう

 これはひとつの説得力のある見解です。つまり「リアリティ」です。では、常にコレを適用するのが正しいのでしょうか。

 当然、答えはNoです。グラスランナーが本を借りることで面白い物語が展開するのなら、こんなリアリティは無視するべきです。もちろん「本来なら、草妖精などに大切な本は貸さんのだが…キミは信頼できそうだ。」とか何とか言って、リアリティさんを丁重に舞台裏にエスコートするのが大人の対応というものでしょう。

 ああ、長かった。疲れたので、もう寝ます。続きはまた気が向いたら。
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コメント

突っ込まれてしまいました。

ごもっとも。

個人的にはどこかで示されてこそ
リアリティは感じられると思いますけど。
# シナリオ中に書くとか

まあ、やっている途中に話の折り合いが付けばいいと思います。

突っ込んでしまいました。

うん、おっしゃるとおりで。
リアリティは示すけど、適用しないという勇気が必要かと。

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