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2006年

09月23日

(土曜日)

リアリティってなんだろう。その1

 何だか前のテンプレートでは、IEで閲覧すると1行スペースが反映されないみたいです。(僕は今どきナローバンドなので、OperaとFire Foxをメインに使っているのですよ。)修正する技術もないので、テンプレートごと変えることにしました。気に入ってたんだけどナー。

 さて、ガンドッグ熱が収まらないうちにリプレイ最新作の「マリオネット・ネメシス」を読みました。感想が、今日のタイトルです。

ちょっとだけネタバレがあるので、続きに収納しました。まぁ読んでやってください。




 以前ロール&ロール誌でガンドッグのシナリオコンテストをやったことがあって、そのときの評が面白かったのです。
 マリーンタング(アメリカ海兵隊の訓練時に使われる、口汚い叱咤のこと。映画フルメタルジャケットでも見てください。)もどきの罵詈雑言から始まる、シナリオのマイナス面を強調した論評。ネタ的には非常に面白く大笑いしながら読んだのですが、同時に「もうこの企画が成功することはないな」と思ったのを覚えています。
 だって、漫画大賞や小説大賞じゃないんですよ?企画者には仕事ですが、投稿者は基本的に遊びです。べつに「将来TRPGで身を立てたい」人たちではないんです。真剣に、真面目に遊ぶことは楽しいことですが、せっかく投稿したのに罵詈雑言で返されて、また投稿してやろうという気が起きますか?

 で、もうひとつ特徴的だったのが、「リアリティ」に関連する批判が非常に多かった点でした。「これって自分の首を自分で絞めてないか?」と思いました。例えば、あるシナリオ評に、「マップにリアリティがない」と書かれていました。サプリメント「Wild Life」の付属シナリオのマップは「そんな倉庫ねーよ。」「そんな博物館ねーよ。」という出来だったのですが……。

 ほぼ同じことを今回も思い出しました。キャストたちはシリアスな感じなのに、ネタだけはトンデモ系。はじめから、「Variant」(トンデモ系のシナリオを遊ぶためのサプリメントです。)系列のシナリオだといってくれれば、ネタで白けなくて済んだのになぁ。


 リアリティって、なんでしょう。TRPGのシナリオで求められるリアリティってなんでしょうか。一言では説明できないような気がします。
 ではTRPGで「リアリティがない」と言われるのはどんな時でしょう。僕はガジェットや設定によって物語への感情移入が阻害されたときに、このように言います。
 
 僕の友人にミリタリー関係が好きな人間がいます。その彼が、映画「パールハーバー」の「緑色の零戦」を見たとき「リアリティがない」と言ったのです。
「だって、海軍なのに何が悲しくて緑色に塗らなきゃいけないんだ。」
 たしかに。でも、あまり戦闘機に詳しくない僕が見ると、「そこそこ面白いCG」以上の感想はありません。他方で、同じ「パールハーバー」で、「小学生が凧揚げしている神社で、青空御前会議」の場面を見たときにはさすがに冷めました。でも、アメリカ人にとってはそんな瑣末なこと、どうでもいいのかもしれません。リアリティには「差」がありますが、それぞれがそれぞれのリアリティを持って生きているのです。

そう、リアリティとは、ごくごく個人的な体験なのです。

その2へつづく(かも)


(追記)ああ、なんか難しいな。前にも言いましたけど、本当に頭がいい人は複雑なことを簡単に言うので、僕はその対極のようです。
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コメント

「リアリティ」すか。
難しい話です。

何分、GMやっているときはそこに無頓着ですからな、自分。
初めに「今回のシナリオは一部リアリティを損なう部分があります」とか言おうかしら。

個人的にはリアリティはゲームにした瞬間に失われていると思います。
ですので、リアリティがないと言われても仕方ないかと。

気をつけるのはNPCの思考・感情の流れですね。
たまに「いや、普通の人はそんな考え方しないだろ!」というシナリオに遭遇します。
あとは世界設定に従うとか、データから類推できるリアリティはこの世界の人はみんな感じているんだろうなあとか。
例えばソードワールドで、
グラスランナーは種族特性でシーフ技能があるので手癖が悪い⇒どっかのリプレイみたいに町の人は好意的に本は貸さないだろう
とか。
こじつけですかね。

小難しい小理屈へのコメント、どうもです。こういう文章は放置覚悟で書くので、コメントがあると、とても嬉しくなります。

>個人的にはリアリティはゲームにした瞬間に失われていると思います。
>ですので、リアリティがないと言われても仕方ないかと。

 単純に言葉の問題なのですが、多分逆です。ゲームにした瞬間から「リアリティ」は始まるのです。「現実」をゲームという「虚構」に落とし込んだ瞬間から、やっと「リアリティ」が意味を持ちます。「虚構」だから、「リアリティ」という言葉があるわけで、現実に対して「リアリティ」という言葉はナンセンスでしょ?
 でも、うん、そうですね。ゲームにした瞬間に失われるリアリティって、確かに感じます。じゃ具体的に何が失われたんでしょう?僕がこの駄文でいいたいのは、世間で使われるほとんどの「リアリティがある/ない」という言葉には中身がないということなんです。いかにも客観的な評価に聞こえますが、その実、ものすごく主観的なことなんだ、という。


うーん、せっかくのコメントに突っ込んでどうする。VANさんを個人的に知ってなきゃ、けんか吹っかけてるようなもんですね。まぁ他の部分についてはその2で。

失礼しました。

確かに、リアリティというのは擬似世界の生成の際に発生します。
けど、その擬似世界の中ではそれがリアルなわけで。

そのリアルからはみ出たときに「リアリティがない」という状況になるのではないでしょうか?

確かに主観的な話だとは思いますし、情報量の差も関係あると思いますけど。

>確かに、リアリティというのは擬似世界の生成の際に発生します。
>けど、その擬似世界の中ではそれがリアルなわけで。

うん。そうですね。

>そのリアルからはみ出たときに「リアリティがない」という状況になるのではないでしょうか?

では「そのリアル」を決定するのは誰でしょう?
ワールドのデザイナーですか?そうかもしれません。
でも僕は「その卓についた人達」つまりGMとPLだと思っています。その世界のリアルはワールドデザインを参考にしながら、GMとPLが決めるんです。(あ、この辺は結構異論も多いところですな。馬場コラムでは真っ向否定されてますし。)
この「達」っていうのが厄介で。「僕」だけではないし、「あなた」だけでもないし。その辺は「その2」を読んでね。

まぁ難しい話はともかく、リアリティにこだわる時には本当にこだわった方がいいのかを良く考えましょう。というお話です。もちろん、「リアリティがない」事が自分の感情移入を決定的に阻害するのなら、こだわってもいいんじゃないかしら。

なるほど。納得しました。

グラランの件は、
単純にグラランとあのリプレイが嫌いな
私の歪んだ心と理解していただければ。

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