サイコロ追跡中。

サイコロの転がる、その先へ。

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2006年

08月31日

(木曜日)

恵まれた環境。

更新が止まりそうなので、落ちの無い話でもいいからなんか書くことにします。内容はキーボードの赴くままに、推敲なしの一発掲載で。


さて。最初にも書いたとおり、僕はTRPGを語る人が好きです。なので、いろんなサイトを巡るわけですが。


その中でよく、こんな台詞が出てきます。
「普通、多くのプレイヤーはこういうものを好む」
「たいていのプレイヤーはこんな感じだから」


で、たいていの場合は、「そりゃどこのマジョリティだ」と思うわけです。少なくとも僕と僕の周辺の人は置いてけぼりの「多くのプレイヤー」を前提にして話が展開されるもんですから、違和感が残り続けるわけです。

これらの発言が気に食わなかった時によく言われるのが、「奴は自分の説を正当化するために脳内にそんな奴らを作ったのだ」ということです。

そうかもしれませんね。小理屈の基本技のうちの一つです。「みんなプーマの運動靴を履いている。だから僕にも買え。」


でも、それだけなんでしょうか?
僕らはコミュニティの壁の中で生きています。ためしに隣町のサークルに行ったらマンチキンだらけで驚いたという話は、腐るほど転がっています。もしかしたら、あなたのほうがアレなプレイヤーでそのコミュニティから遠まわしにNo! といわれただけかも。ネットも、この壁を鉄条網(向こうまで良く見えるが、超えられない)にするぐらいで、なかなか解決には至りません。


でも、そのコミュニティが僕を守ってくれているのもまた事実です。今属しているサークルでは、僕は新参者もいいところなんですが、それでも中心メンバーたちがずいぶん苦労してサークルの品質を保ってくれているのが分かります。僕にとっては、とても居心地のいい場所で感謝感謝です。


で、何が言いたかったかというと・・・あーあ、ほんとに落ちが無いよ。
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2006年

08月27日

(日曜日)

誰も語らぬ。

誰か大佐スキー場のことを語ってあげてください。

ココのために。

どうやら自動検索でキーワードに合致するページを集めてきているらしいのですが、うちのエルススキー大佐や、マスタング大佐スキーなど、全く関係ない情報でいっぱいです。


僕も何か語ってあげたいのですが、僕にとって大佐スキー場は、「隣のうちの便所の電球が切れた」ぐらいどうでもいいことなので

2006年

08月27日

(日曜日)

時事ネタ

「エルフの宮廷の第九側近でありながら、その一風変わった振る舞いが反感を呼び、陰謀に嵌められてドワーフの姿で地下深くに封印された、プルートゥを助ける。」


という時事ネタシナリオを思いついたのですが、誰か分かってくれるでしょうか?

2006年

08月26日

(土曜日)

一休みして、論考愛を語る。

ゴブリン格納庫のゴブリンさんが、馬場秀和さんのTRPGコラムについて愛を語っていますので、負けずにTRPG論考愛を語ってみます。


間違えないでくださいよ。これは論考ではなく、論考を読む楽しみについて語った文章です。


僕とTRPG論考との出会いは、やはり馬場コラムでした。たしか大学2年だったか。とにかく衝撃を受けたのを覚えています。
その頃僕は、TRPGとは参加者全員でストーリーを作るゲームである。というのを信じていました。熱心な(馬場さんが言うところの)キャラクタープレイヤーだったのです。
ところが、馬場さんのコラムは、今まで僕がどのTRPGファンからも感じたことの無い真剣さで、この姿勢に痛烈な批判を叩きつけていました。


僕は馬場さんのコラムから、多大な影響を受け、やがて、TRPGとは参加者全員でストーリーを作るゲームである。というのを信じるようになり、熱心なキャラクタープレイヤーになったのです。


おっと、馬場さんのコラム(以下、馬場コラム)を読む前と後とで何も変わっていませんね。すいません。これは僕の文章力の無さから来るものです。

僕は、コラムに奇妙な違和感を感じたのです。ここで批判されているプレイは、僕にとっても不快なプレイでした。ところが、結論は僕がその当時信じていたこととまったく反対。どういうことでしょう?


僕は馬場コラムを読み、TRPGについて熱心に考えることによって、昔の馬場コラムの中でさえ混同されていた(と、少なくとも僕はそう考えています。)二つのこと、すなわちストーリー生成重視と、キャラクタープレイ重視が実は別のことであり、さらにその二つはむしろ相反している場面が多いことに気付いたのです。


この事について論考しはじめると、夜が明けてしまうので、今はこのぐらいでやめておきましょう。初めにも書いたように、この文章は論考を読む喜びについて書いたものなのですから。


要はこういうことです。「僕は馬場コラムから影響を受け、TRPGを論考する必要性を知った。そして馬場コラムの誘導でTRPGのことを深く考えることでTRPGのプレイとマスタリングが上達した。」


ところが、話はここで終わりません。僕は(馬場さん以外も含めて、)TRPG論考を読むうちに、論考を読む喜びが別のところにもあることに気付いたのです。


ところで、先に言い訳を書いておきます。この1日ネットをさまよった結果、そのとき僕が発見した「論考の面白さ」は、はるか昔から様々な人が言及していて、文芸批評などではごく常識的なことであるらしいことがわかってきました。


すなわち、「批評や論考は、批評対象・論考対象よりもむしろ批評者・論考者の姿を浮き彫りにする。」という事。そして「浮き彫りにされるのは主に批評者の影の側面、許容と理解の限界である」ということです。


私が愛読している映画レビューブログがあります。なぜ愛読しているかというと、このブログを書いている人、試写会や映画祭に行くほどの熱心な映画ファンでありながら、そのレビューがある意味とても底が浅いのです。実例を挙げたいのですが、ブログが特定されてしまうので、勘弁してください。1970年代と2000年代の映画を編集技術の変遷・進歩を考慮に入れずに比較したり、普通に新聞を読んでいれば、ある年の映画が軒並み「あるテーマ」を内包する理由がわかるはずなのに「なぜこんな同じテーマが多いのか」と発言してみたり。(注:生身の僕を知っている人たちへ。現実世界の知り合いのブログのことではありません。念のため。)


そう。僕はTRPG論考でTRPGについて考える明るく健康な喜びと同時に、論考者の影を楽しむという、昏い不健康な喜びを知ったのでした。


ちなみにもうお気付きでしょうが、さらにその映画ブログを許容できない僕自身の限界にも否応無く気付かされるわけで、これも僕が論考を読む楽しみの一つです。


うーん我ながら少し難しかったかしら。本当に頭のいい人は、複雑なことを単純に書くので、僕はその対極のようです。

2006年

08月25日

(金曜日)

エルススキー大佐のファミリア五段活用その3

「さて、いよいよ《守護神》の登場であるな。」
「えっもう?
「悪いか!とりあえず思いつくものを書いとかんと続かんのだ!
「だから初めっから言ったじゃないですか。エルスキャラ5人は無理だって。」
「フンッ!本来なら、勝負は前回でついていたのだ。」
「は?」
「前回のキャラの最後にちょっと書いただろうが。アダマスをグラディウス、アルドール、アクアに変えれば無難に4キャラ完成。第一活用と合わせて5段活用完成ではないか。フハハハハ。」
「……」
「そこを騎士道精神から、何とか毛色の変わった物をと心をくだいているのだ。誉められこそすれ、批判される覚えはちょっとしかないぞ。」
「ちょっとはあるんですか・・・」
「まあな・・・」


第三活用守護神エルス


一角獣

「汝に我が背を許そう。願わくば、汝が道程に幸多からんことを。母と子と聖霊の御名によって。アーメン」

エルス=フィニス=マーテル
体格:9 反射:10 共感:15 知性:12希望:12
技能:〈事情通〉2 〈自我〉2 〈祈念〉3
特技:神罰の光
   潜在開放
   守護神
   練達の技
   死の運命
   不老不変
コンボ:上記不老不変・守護神以外
    神罰の槍:代償 HD4R ダイス 3個 判定値 10 
         クリティカル 5 ダメージ R+15
装備:封傷の護符×2、聖遺物

コルネリウス記によれば、マーテルは、その布教の旅路を一頭の白馬に頼って歩んだという。白馬は忍耐強くその旅路に付き添い、時に九聖女と共にマーテルの説教に耳を傾け、共に瞑想までしたという。オレア山からオスティアに至る最期の旅で、唯一同行した弟子が、この白馬であった。その気の遠くなるような長い道程で馬は聖別され、マーテルの剣を模した角を得た。これが最初のユニコーンである。以来、時折ユニコーンの一族は信仰の道に迷う心の清い修道女の前に現れ、これを導いてきた。しかし、現在のハイデルランドではこの50年、一度たりともユニコーンの来訪が確認できていない。迷いあるものが少なくなったのか、心清い修道女が少なくなったのか。神学者の一部にはこのこと自体を重大な預言と考えるものもいる。


「なんか、その1とあんまり変わんないですよね?」
「そうでもないと思うぞ。こっちの方がずっと強力で、ずっと代償も派手だ。だから、運用もその分難しいな。」
「《潜在開放》は強力な特技ですね。」
「これも実はそうでもないのだ。現在のクリーチャー作成ルールでは、初期のファミリアが殺戮者にダメージを与えられる可能性は皆無だ。となると、守護神が前提だから、二つの特技枠を使うことになる。二つの特技枠があれば、+2D10ぐらいダメージが増えるかもしれんだろ?期待値は11だ。判定値減少がないってのも代償Rじゃどっこいどっこいといったとこだろう。」
「なんだか本当にエルスファンがかわいそうになってきました。他のアルカナよりもエルスが得意とすることが何も無いじゃないですか。
「だからこそ、データにこだわっているんだ!先に『エルスを使いたい』という欲望があって、その上で『回りに迷惑かけず、少しはカッコがつく』方法を探しているんだ!だから、『エルスの代わりにこっちのアルカナ使った方が有利』とか言うのは本末転倒なんだ!わかったか!この微生物が!」
「何で僕に怒るんですか??」

2006年

08月23日

(水曜日)

エルススキー大佐のファミリア五段活用その2

「次だ」
「大佐!なぜ言葉少ななのでありますか?」
「知らん。書いている奴が眠くて、長いセリフが書けないだけだ!」


第二活用 添え物としてのエルス


流離の白騎士

「騎士とは盾だ。剣ではない。」


エルス=アダマス=アダマス
体格:13 反射:13 共感:11 知性:9 希望:12
技能:重武器3 騎乗3
特技:八面六臂
   鉄壁
   偏向
   仁王立ち
   シミュラクラム
盟友
ファミリア:偉大なる父の愛馬 レクス
体格:10 反射:3 知性:3 共感:6 希望:3
技能:格闘2 生体武器:殴 HP26

装備:トゥーハンド・シールド、プレートメイル、ガントレット、メタルレガース、封傷の護符5枚



キミが生まれたのは、国境に位置する小さな伯領だった。先の戦争が起こったとき、君の故郷は為す術なく滅んだ。その日は、ちょうど、キミが騎士叙勲を受けた日だった。馬にまたがり剣を抜いて、「僕も騎士だ。故郷と運命を共にする。」と叫んだキミを、騎士団長の父は引き摺り下ろした。「騎士とは盾だ。剣ではない。」
キミは父の愛馬と共に難民を率いて逃げ延び、父はその時間稼ぎのために死んだ。
難民が落ち着くと、キミは再び旅に出た。父の盾と共に、父の馬にまたがって。剣は捨てた。どこかで誰かが盾を、不破の盾を待っているから。



「《シミュラクラム》だけですか…」
「エルス最強の特技だからな。1レベル分でHP26はお徳だ。さらに、心友が突然不死クラスの奇跡になる。」
「ところで、《防護》がないんですね。」
「まぁそのとおりだな。」
「BoAのアダマスも、GoBのアダマスも《防護》持ってますよ。基本特技でしょ?」
「?」
「?」
「キサマ、オツムは大丈夫か?米ぬかでも詰め込んだか?何が悲しくて、クリティカルもしないS攻撃やC攻撃をせねばならんのだ?そんなに武器を捕縛されたいか?そりゃ持っていれば移動とかできたり、複数回カバーリングできたりと便利だが、初期キャラの貴重な経験点を優先順位が低いところに流すいわれはないぞ。それともなにか?お前は『ボク、攻撃できないの?フン、つまーんなーい』とか言う餓鬼か!?パリーキャラでパリーして楽しめないんならアダマスなんぞ選ぶな!
「(耳を押さえながら)わかりました!わかったから勘弁してください!…でも、ツーハンドシールドはいくらなんでもマンチでは?
「よし!演習終了!
「マンチなんですね?」


そう、なんといっても《シミュラクラム》ですね。前線の方々には結構ありがたいはず。今回はアダマスですが、防御の薄いグラディウスなんかにもどうぞ。ツーハンドシールドは洒落ですが、将来的にアルドールの聖痕を手に入れて、《剛力》でグレートソードやハルバードと構えると絵になります。《八重垣》とかすると、ダメージ減少が26+3D6。夢が広がりますね。


「いや、それってエルスとは何の関係も無いですよね?」


うるさいっキサマ…おっと、今はエルススキー大佐では無いんでした。

2006年

08月22日

(火曜日)

エルススキー大佐のファミリア五段活用

「おやめください、エルススキー大佐!」
「ええいどけ!私は世の愚民どもにファミリアの偉大さをわからせてやらねばならんのだ!」
「し、しかし、エルスキャラ5人だなんて、ネタが続くワケがありません!


えー、全編この口調では疲れるので、元に戻ります。
前回の記事でエルス愛を爆発させてしまったのでその責任を取る、ということで、エルスキャラを5人作ってみようという企画です。
勢いだけで言ってしまいましたが、実を言うと、まだキャラクター一人しか作っていないのです。はたして、この環境でどこまで可能なんでしょうか。
限りない不安と共に、まずは第一活用から。


第一活用:エルス中心のキャラクターとしてそのまま使う


守護天使
「キミが、守ってくれたの?」


マーテル=アングルス=エルス
体格:10 反射:9 共感:16 知性:11 希望:12
技能:〈交渉〉3 〈自我〉2 〈祈念〉2
特技:神罰の光
   援護
   ファミリアブレス
   ファミリアマジック
   無垢
   盟友
コンボ:上記盟友以外
    神罰の視線:代償 HD2 ダイス 4個 判定値 7 
          クリティカル 3 ダメージ R+2+1D10
装備:ナイフ、ダブレット、封傷の護符×2、秘伝の書(ファミリアブレス)

その猫は、教会の前に捨てられていた。キミと同じように。キミが少ない朝食から分けたパンを、猫はおいしそうに食べた。それがその日、一番嬉しかったこと。
君のいた孤児院は最低だった。夜な夜な美しい孤児が、院長の寝室に消えては、朝、目を腫らして出てきた。その日の夕食の後、キミは院長の部屋に呼ばれた。それがその日、一番悲しかったこと。
猫を抱いて寝室に現れたキミに、院長は卑しい笑みを浮かべ、手を差し伸べた。冷たい手が、君の頬をなでた。キミは猫を抱きしめ、ギュッと目をつぶった。それがその日、一番怖かったこと。
ピカッ。何かが瞼の向こうで光った気がして、君は目を開けた。院長はいなかった。服だけを残して、跡形もなく。それがその日、一番驚いたこと。
そして、キミは今、猫といっしょにいる。パンは半分だけど、おなかはいっぱいだ。


「大佐!質問があります!」
「なんだね?」
「これじゃ、BoAのメイクアップ推奨アルカナの魔法バージョンてだけじゃ…」
「そのとおりだが。」
「じゃあここで紹介する意味ないじゃないですか。なんだかコンボもぱっとしないし。
「ばかもの!魔法系キャラなら、前線に出なくていいだろうが!シミュラクラムもない状態で、前線に出てみろ!範囲攻撃に巻き込まれるぞ!?お前だけじゃない。ファミリアのダメージをどうするつもりだ!?ファミリアがいなかったら、ただの奇跡の塊のこのデータでどうやって戦う気だ!?コンボがパッとしないだと?お前は目立って攻撃されたいのか!!回避手段がろくにない間は、一回そいつを攻撃するのが無駄だと思わせるぐらいのコンボに抑えておくのがいいのだ。それともキサマ、経験点がありあまっとるのか?」
「ゴ、ゴメンナサイ…」


3rd環境で明らかに圧迫された我々エルスファンには細やかな作戦が必要です。敵(GM)の心理を考慮したよい作戦です。エルススキー大佐は現場からの叩き上げタイプのようですね。


真面目な話をしますと、、BoAのデータは最低限周囲に迷惑をかけない程度の強さなら、内包する物語や、視覚イメージが重要なのです。現在、過去、未来のアルカナを変えることで、イメージは大きく変わります。
エルスを未来にすると、ファミリアが、「なんだかわからないけど、フシギな友達」になって、僕はちょっとお気に入りです。


エルスのタロットテーマの一つは、一人の弱さと、二人の強さです。人間は、一人では生きていけない。エルスをテーマタロットとするなら、そんな部分を内包したいものです。
そういう意味で、アングルスやマーテルは、「エルスがいなきゃダメなんだ。」感が高まる「弱さ」を内包した(実際には二つとも強力なアルカナですが)アルカナで、BoAのサンプルはいいところをついていると思います。GoBの方が強くはなりましたが、タロットテーマは薄いような気がします。アイツ、馬降りたってどうにかなりますし。


近視眼的に見れば、アングルスは、コロナの方がお徳と思えるかもしれません。《王家の血》の方が判定修正が高いし、将来的にも《王者の相》で判定値を上げておいて組み合わせを増やすとかできますし。
でも、絶対的な奇跡力の差を考えると、僕はアングルスに軍配を上げますね。

2006年

08月21日

(月曜日)

ゲート・オブ・ザ・ブレイヴ

最近はセッションをやる機会が減って、「これじゃプレイレポート書けないよぉ。」と、不満タラタラのTzです。
そんな訳で、やりもしないルールブックを買い込んできてはニヤニヤと眺めるのが、普段のRPGとのかかわりあい、ということになってしまうのです。


本来RPGは遊ぶもので、それを遊びもしないで眺めながら妄想するというのは、ある種変態行為だと思うのですが、まぁ仕方ありません。

で、今日はブレカナのサプリメントを買ってきましたよ。とレビューを書くつもりだったのですが、こっちで言いたいことの90%は言われてしまったので、細かいことをつらつらと。


まずは、「ぐはっ、うちのブログ唯一のまともなTRPG記事、パートナーシップがサラッと書かれている!(p162バディ導入)」
まぁ確かに誰でも思いつくのですが。こんなに扱いが軽いと、正直落ち込む。私としては、PLは無理なく守護神エルスや主我ディアボロスができ、GMはPL5から開放され、プレイは楽しくなるという、スバラシイ大岡裁き(は、三方一両損だったっけ。損してどうする)のつもりだったのですが…


「うわっサンプルキャラ32人もいるんですけど!」
第三版にして初めて登場したサンプルキャラクター。一,二版で溜め込んだ想いがここに来て爆発ですよ。ブタ、サイコー。幸せの運び手強すぎ。イロモノ特技、羅漢銭を実用化!
とまぁ様々な思いが交錯するわけですが、一番言いたいのは「こんだけいて、エルスが一人とはどういう了見だ。」百歩譲ってフルキフェル全種制覇のため、フルキフェルシリーズ10枠は許すとして、あと86枠もあってたったのひとつ。


がんばれ、エルス、負けるな、エルス。たとえクリーチャー作成ルールがどんなにキミを裏切っても、僕だけは、キミの味方だ!

2006年

08月17日

(木曜日)

寝ます。

昨日から今日の僕。
当直→半ドン→帰郷→墓参り→親戚巡り→その日のうちにとんぼ返り→帰宅→嘔吐。

ええっと、疲れゲロ癖がついてしまったようで。
仕事よりも親戚めぐりのほうがよっぽど疲れたのは秘密です。

2006年

08月14日

(月曜日)

ヒーローが、帰ってきます。

で、日記のつづきです。


スーパーマンが、帰って来ました。
この作品、旧作ファン、しかもリアルタイムでないと、かなりつらいのではないでしょうか。
逆に言えば、旧作ファンには堪らないデキということです。


なので、僕はまんまと術中に嵌ってしまったのでした。


そこかしこに散りばめられた、旧作へのオマージュ。
当然メインキャストは総入れ替えなのに、なぜか連続性を感じさせるキャスティング。特に悪役レックス・ルーサーにケビン・スペイシーを配役したキャスティングの見事さにはちょっとお手上げです。ジーン・ハックマンからケビン・スペイシーへ。コピーできないなら、同格の俳優へ。なかなかできない発想です。旧作とはかなり違うルーサーですが、(意見の分かれるところかもしれませんが、)僕は文句ありませんでした。


ストーリーは少しひねってあって、これも僕のお気に入り。
時の流れが、スーパーマンとロイスを現代アメリカの家族関係の中へとシフトさせました。スーパーマンが自分探しの旅へ出ている間に、ロイスは子供を生んで、恋人と結婚を前提に同棲まではじめています。また、この恋人がいい奴で、ロイスと息子と幸せな家庭を築いているのです。おまけに、ロイスは「なぜ世界にスーパーマンが必要ないか」という記事でピューリッァー賞を受賞。
スーパーマンは、映画の間中、レックス・ルーサーそっちのけでロイスに気に入られようと必死です。
一方で無視されているルーサーは、相変わらずその天才的な頭脳から繰り出されるオバカな計画を進行中。これにも旧作へのオマージュ満載です。


お帰りなさい、スーパーマン。もう電話ボックスはないけれど、僕はあなたを、待っていました。


ところで、これがなんでTRPG記事に分類してあるかというと、もちろんダブルクロスですよ。ダブルクロス。お帰りなさい、ロイス。これで年下の人に
「このロイスって言うのは、あのスーパーマンの恋人の名前からとって…」
「見たことありません」
って言われることもありません。


ちなみに、映画の中でスーパーマンのロイスが、タイタスになり、新たなロイスへと変化していくさまがわかりやすく表現されています。ダブルクロスファンは、必見ですね!

2006年

08月13日

(日曜日)

ヒーロー見参!

タイトルは、ある映画から拝借。


今日は普段活動しているサークルにいこうと思っていたのです。
最近異動した関係で、活動場所まで1時間半ほどかかるようになってしまいましたから、早起きしなければいけません。
いや、活動自体は11時からなんですが、日曜日も当然仕事があるワケで、普段は午前中いっぱいかけてダラダラやっている仕事を9時半までに切り上げる必要があるのです。


そんなわけで、今日は5時におきたのですが、起き抜けに昨日の夜、食したものを盛大に吐き戻したので、1時間ほどネットをやっておとなしく9時まで寝ました。ちょっと当直の疲れが出たようです。
で、職場で4時間ほど仕事して、タラタラと近くの温泉施設に行ってきましたよ、というのが今日のお話です。


この温泉施設、「ぐらんの湯」と申しまして、フジグラン神辺店という大型スーパーにシネコンがくっついたようなところの隣にあります。そこで2時間ほどお湯につかると、あら不思議。午前中の腹痛がおさまってしまいました。さすが神辺町、神の湯。昼に飲んだガスターが効き始めただけかも。

なので、ついでとばかりに大型スーパーで買い物して、シネコンで「スーパーマン・リターンズ」の先行上映を見てきました。

大型スーパーで、タラコを買っているすぐそばで、仮面ライダー・カブトのショーをやっていました。僕らの時代はヒーローショーは屋上と決まっていたのですが、時代は変わったものです。


全然興味がなかったので、タラコの横の「いくら醤油漬け」1,280円也を買って、ちょっと豪華な夕飯にしようかなぁと真剣に考えていたところに悪役特有の邪悪声で、こんなセリフが。


邪悪声:「ふふん。ここに集まっている奴らは、よほどカブトのことが好きらしいな。その心、ためさせてもらおう。私が1,2,3と合図をしたら思い切りカブトを呼ぶのだ!
邪悪声:「いいか!?1,2,3」
よいこのみんな:「カブトー!


いつから、怪人が仮面ライダーを呼ぶようになったのでしょうか?


しかし、仮面ライダーは現れません。内心ホッとしたのか、怪人は饒舌に続けます。


邪悪声:「はぁっはっはっ。カブトは来ないなぁ。お前達は見捨てられたのかなぁ?それとも私の強さに…云々…もう一度だけチャンスをやろう!合図をしたらカブトを呼んでみろ!


それは図に乗りすぎです。


よいこのみんな&邪悪声:「カブトー!」


怪人自ら叫んでますが。


正義声「とう!」(あーあ、やっぱり来ちゃった。)
邪悪声「な、ばかな、なぜここへ!?


あんたが呼んだからだ。しかも二回。


時代は変わったなぁと再び思うTzでした。時代のせいにしては、時代がかわいそうかな?とも思いますけど。

2006年

08月13日

(日曜日)

ファンタジーバトン

立ち上げ早々バトンをもらってうれしい限りなワケですが。
見ている人が少なすぎて、次のバトンがまわせるかどうか自信ないです。

◆1◆このバトンを回してくれた人の、ファンタジーイメージ

うちの裏に住んでる、魔法使いのジィさん。魔力はたいしたこと無いが、助言は的確。昔は宮廷魔術師だったらしいが、なぜ今うちの裏に住んでいるのかはよくわからない。

◆2◆今の自分をファンタジーの世界に当てはめると、どんな職業ですか?

魔法の修行がしたい、革職人の息子。革職人をやっていれば、一生安泰なんですけど。ねぇ?

◆3◆ファンタジー世界で、なりたい職業は何ですか? また、その職業になってどんな事をしたいですか?

職人の親方。貴族から庶民まで、信頼の逸品を提供する。「宮廷魔術師様も、スクロールを書くときはTzの紙を使うそうだ。」とか言われたらサイコー。

◆4◆飼ってみたい幻想の生き物は居ますか?

よだか。

◆5◆逆に出会いたくない幻想の生き物は居ますか?

今は、ハイタカ。

◆6◆ファンタジー世界と言っても色々ありますが、自分の一番好きな世界観は、どんなファンタジー世界ですか?

現実世界から迷い込む形のファンタジー。「地下室からの不思議な旅」とか。

◆7◆魔法の心得の有る王様になりました。どんな国を築きますか?

為政者になるって考えたこともありませんでしたね。うーん、王様が築いた国って少なくとも実在はしませんからねぇ。国が王様を輩出するだけですから。
えーと、実り豊かで、あまり戦争をしない国、かな?

◆8◆その王国を、貴方はどんな政策で治めますか?

「うちの王様、魔法が使えるらしいよ?」
「へぇ、じゃぁうちのバカ息子の頭をどうにかしてもらいたいねぇ。まったくあの子ったら、昼間っからボーっとしてさぁ。」
「ちがいないねぇ。ついでにうちの洗濯物早く乾かしてくんないかねぇ、あっはっは」
「そういえばあんたんとこの息子、こないだ裏のジィさんとこに出入りしてたよ?」
「ええっ!あのジィさん、魔法使いだろ?余計なこと吹き込まれなきゃいいけど。」

政策は、かように目立たないぐらいがよいと思われます。

◆9◆妖精や異世界、ファンタジー世界は現実に存在すると思いますか?

存在します。実在しません。

実在したら困ります。今まで散々私刑をしてきましたし、人を主役とか脇役とか勝手に決めていました。そんなことは現実では許されないことです。

◆10◆このバトンを回す人を1~5人と、その人をファンタジーに置き換えた時のイメージを上げて下さい。

回すも何も、ここを見てくれた人は、他に二人しかいませんので…

Yoshさん
田舎に派遣された神官。悪人にも怒りをあらわにせず、冷静に諭す。村人からは、「そんじゃあ村長さんと、神官さんに決めてもらうべ。」とかいって頼りにされていそう。

Finnianさん
知恵ある剣士。雲の上の学問ではない、実学にたけた人。なぜ「剣士」が思い浮かんだのかはよくわからない。でもなんか、「剣士」ってかんじなんですよねぇ。

2006年

08月13日

(日曜日)

ガンバルひとたち。

木曜日から土曜日にかけて、当直をしてきました。
めちゃめちゃ疲れました。精神と体がうまく連動しません。
延々と愚痴を言いたくなります。


僕は2年半前に社会人になったばかりで、その頃は「自分たちより大変な職業は無い」とでも言わんばかりの態度をとっていました。
実際、いまだに仕事は世間でもつらいほうだとは思うのですが、それなりに給料はもらってますし、(といっても、時給計算すると吉野家のバイトより低いのはショックでしたけど)時間をやりくりすればTRPGを遊ぶ暇だってできるのです。


最近は逆に、「がんばっている人たち」の方が多く目に付くようになりました。世間では再びサービス残業が大流行ですし、土曜日も休日出勤する人の群れを目にします。さらに、夜に仕事をする人たちの大変さは言うに及びません。


そして何より、年中無休にして年中無給、24時間営業の「おかあさん」。
本当に頭が下がります。
どうか、世のおかあさん達に祝福を。全てのだっことおんぶが幸せを呼びますように。


疲れている夜ほど、がんばっている人が目に付いて、愚痴が溶けていくTzでした。

2006年

08月12日

(土曜日)

運命の二人。

今回はF.E.A.R社製の演技演出重視型システムに限定されるお話です。


最近はこのFEAR社製のRPGばっかりやっていて、「偏っていていかんなぁ」と思うのですが、最近はセッション参加もそこはかとなく減ってきていて、そうすると、愛しているシステムに参加しないと損しているみたいな気分になってしまうわけです。


閑話休題。大体FEAR社のゲーム(以下、FEARゲー)の中でもハンドアウト制のシステムの至適PL数って、4人だと思うのです。ブレイド・オブ・アルカナ(BoA)には、最適な人数は5人だと書いてありますが、本家のシナリオでさえ、5人目のハンドアウトは適当・投げやりな感じが否めません。


でも、日常のセッションでは人数の都合で「5人目を入れたい」と思うことは間々あるわけで、そんなときにどうしようか、というお話です。


ルール:パートナーシップ
パートナーシップは、ハンドアウトのひとつとして定義し、「PC5ハンドアウト:パートナーシップ PC3」というように記述する。このハンドアウトを選択した場合、PC5はPC3と、何らかの形でコンビを組んでいる状態とみなす。PC3とともに設定を考えること。原則的に専用のオープニングシーンは無く、PC3のオープニングシーンに登場することとなる。


いかがでしょう。これで、「ブラックハウンドの凸凹コンビ」「息のあった攻撃をする双子の魔法使い」「王になるべき運命の少年と、導く魔剣」「白馬と少女」等、様々な状況が再現できます。今までも意識せずにこういうことはやっていたのですが、改めてルールとして定義すると、そこに意識を置いてプレイできるので、また違ったプレイ感覚を楽しむことができると思います。


ただ注意しなければいけないのは、コミュニケーションが「閉じ」ないようにすることです。バディ同士だけで延々お話をされると他の人は退屈してしまいます。むしろ、積極的にバディ外に話を持っていくようにするとよいでしょう。


以上、ほんとは守護神エルスがやりたいがためにこんなルールを作ったTzでした。

2006年

08月10日

(木曜日)

盾と矛とをひさぐものあり。

やっとTRPGの話題なんですが。


プレイヤーをやっているときに、シナリオの矛盾が気になることがあります。リドルに複数の解答があるとか、明らかに非理論的な行動をNPCがとるとか、そういう時です。


GMの単純なミスなら、僕は「見ないフリ」をします。セッションの後で「でもあれって矛盾だよねー」と雑談することはあっても、プレイに出すことはしません。


でも、逆に「気付いて欲しい矛盾点」であることもあります。その矛盾が、シナリオの隠された秘密を明らかにするかもしれません。


たとえば…と、ここで忠告です。ここから先にソードワールド・リプレイシリーズの内容に触れます。バブリーズ編とへっぽこーず編です。ネタバレが嫌な方はご遠慮ください。


ソードワールド・リプレイ「バブリーズ編」の中にこんな場面があります。
「母国を裏切って他国に招聘された天才軍師ルキアルが、母国に残してきた攻城戦兵器の設計図を自国に運ぶため、旅芸人を装ったスパイを派遣した」
おかしいですよね?何でそんなに重要なもの(そして簡単にもてるもの)を残してきたんでしょう?ここで「おしろいダークエルフ」「付け耳エルフ」として名高いスイフリー(PCです、念のため)が、そのことに突っ込みます。実はこれは母国の官僚に、旅芸人の通り道である他国で問題を起こさせるための罠だったのです。


逆に「へっぽこーず編」にはこんなパズルがあります。
「24個の玉を並べて、5個の玉の列を6列作れ」
正解とか考えなくて良いですよ?問題は、このパズルには、GMが想定したもの以外に数十通りの別解答があることです。この時PCは誰も突っ込みませんでした。


多分僕は、前者には、「うーん、ちょっとおかしいけど、ま、そこまで突っ込むのは酷かな。せっかく苦労して作ってくれたシナリオだし。」と考えますし、後者には、「む、他に隠されたヒントがあるに違いない」と考えます。…裏目に出まくりですね。

気心の知れた仲ならこれでもいいんですが、コンベンションなんかでやらかすと、ちょっと嫌な雰囲気になります。


これは僕がコンベンションで遭遇した事態です。


金貸しの娘がさらわれた。犯人は金貸しによって破滅に追い込まれた男。誘拐犯は人質に凶器を突きつけながら叫ぶ。「やつは俺に言葉巧みに迫り、必要ない設備投資をさせ、金を貸した。はじめのうちはうまく行っていたが、段々と注文が減り、やがて家族は俺を見捨てて出て行った。俺にはわかっていた。注文が減ったのも全て奴の計画通りだった。」


変だと思いませんか?無理な設備投資で破滅したのならともかく、金貸しが客剥がしをしたですって?なぜ貸付金が回収不能になるようなことを金貸しが画策しなければいけないのでしょう?この男の逆恨みが度を越して半分狂気に陥っているのでしょうか?それとも借金のカタに奪われたものがひどく貴重なものだったのでしょうか?何かありそうだったので僕は突っ込みました。
結果は…僕もGMも落ち込んだとだけ書いておきましょう。


実を言うと、僕はこの問題に明確な回答を持っていないのです。
「雰囲気を読む」という曖昧な解決しか思いつきません。


矛盾に右往左往するTzなのでした。

2006年

08月09日

(水曜日)

三流。

TRPG雑感が中心だよと書いたのに、最初の記事が日記というのはどうかと思いますが、ま、更新するほうが大事かと思いまして。どうせ1日の三分の一はRPGのことを考えながら生きているので、そのうちTRPGのほうが多くなります。多分。


日曜日に、映画「ゲド戦記」を見てきました。で、ダメでした。カット割りも、テンポも、伏線も、画像も、演出も、音楽も、全部。
誤解しないで欲しいのですが、僕はジブリ結構好きです。今回も色んな所でダメ出しをされているこの作品を擁護しようと必死で見ていました。
でも、ダメなのです。主題歌「テルーの唄」以外褒めるところがないのです。どの辺が、どんな風にダメなのかは、他のブログに譲りましょう。


宮崎吾郎監督を、当然僕はメディアの上でしか知りません。でも、彼のブログを読む限り、とても好感の持てる人物だと思いました。今でもその思いは変わりません。


彼と彼の作品を見て、長嶋一茂さんを思い出すのは僕だけではないでしょう。彼がライターにまとめてもらった自伝、「三流」は感動的でした。彼は自分が父のようなヒーローになれないことを認め、そんな自分を許しました。そして、自ら三流を名乗ったのです。(実際には彼は少なくとも1.5流以上の選手だったのですが。)


僕は、自分が劣等感の塊なので(そのくせ、外向きには虚勢を張るんですが)劣等感には敏感です。この作品から伝わってきたのは監督の劣等感だけでした。自分の言いたいことを、どうやったら聞いてもらえるのか、どう作品にしたらいいのかわからない。そのもどかしさが作品の雰囲気を支配しています。


監督にはもう一作、今度はオリジナルの脚本監督を期待したいのです。雲の上の、父や、高畑監督等の驚くべき才能ではけして描けない、僕たちの寓話を。自分の三流を自覚したとき。劣等感を飲み込んだとき。彼にしか開き得ない扉を見せてくれることを信じています。


P.S.
ところで。
校正前の原稿に
「テルーの唄」は良い。他の音楽が格段に落ちるのは、この主題歌に音楽担当が才能を注ぎきってしまったからかしら。作詞のほうはイマイチだけど、


と書こうとして、主題歌の作曲は本編音楽の担当とは違う人ということ、そしてダメ出しをした歌詞が擁護しようとした監督によるとわかり、落ち込む。

2006年

08月09日

(水曜日)

はじまり。

好きなのです。TRPGが。
好きなのです。TRPGについて嬉々として語る人が。


ブログで、HPで、色々な人がRPGについて語るのをずっと読んできました。同じ趣味を持つ人の文章を読むのは、快感です。文の拙巧はあまり関係ありません。強いて言えば、あまりネームバリューのない、フツーの人が書いたものが好きです。「こんなセッションをした。」「こんなシナリオを考えた。」「こんなキャラクターを考えた。」「こんなプレイがしたい。」「こんなプレイはいやだ。」そんな文章を読むたびに、僕は画面の前で共感して、反発して、考え込んで、笑って、怒って。


同じような人がいると信じて、このブログを書き始めました。文章は拙いけど、TRPG愛はいっぱいです。


これは、明日あなたと冒険に出る男の雑記張です。
サイコロの転がる、その先で会いましょう。

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