サイコロ追跡中。

サイコロの転がる、その先へ。

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2007年

11月11日

(日曜日)

黄色いバスに飛び乗って―リトル・ミス・サンシャイン



・映画の魔法
不純異性交遊とヘロイン中毒で老人ホームを追い出された爺さん。恋人に捨てられて自殺未遂を起こした、ゲイでプルースト学者の伯父さん。独自のサクセス理論を提唱し、サクセス本の版権で成功を狙う、「それ順番逆だろ」な父さん。空軍のパイロット目指して日々トレーニング中。ニーチェを信奉し、一言もしゃべらない兄さん。みんなに仲良くあって欲しいというワリに、夕飯はいつもフライドチキンとスプライトの母さん。そして、ミスコングランプリを夢見るオデブでド近眼な妹。

ダメ人間コンテストなら既にK点越えの家族に舞い込んできたのは、妹のリトル・ミス・サンシャイン・コンテスト本戦出場通知。かくして、機能不全家族はアリゾナからカリフォルニアへオンボロバンでの移動を始め……あーもうだめだ。

さりえりさんからこの映画について書けといわれてから2日間。どうにかこの映画のよさが伝わるレビューをと思って書いていたのですが、全部消してしまいました。
 この映画、プロットだけ書くとなんてつまんないんでしょう。
 冒頭の文章。どうです? 食指が動きましたか?
 この映画の製作、実は6年もかかっています。別に最近の大作みたいに撮影に3年がかりだったとか、編集が2年もかかったとかそういう理由ではないんです。投資家が集まらなかったから。ちなみに僕なら投資しません。
 でも実際いい映画なんです。これ。
 なんで?
 どうして?

それは映画の魔法がかかっているからです。CGだけじゃないですよ? 本当の魔法です。

・細部にこそ、神は宿る
みんな知ってることですが、映画ってほとんど音と映像で出来ていて、文章に書かれている部分は本当に少ないんですよね。だから、画面に何を撮るかっていうのが重要なわけです。当たり前すぎて何を言ってるのか判らないかもしれませんね。画面のあらゆる細部を意図的に構成するのは、ナカナカ凡人に出来る作業じゃないのです。
 見た人は信じないと思いますけど、この映画の監督デイトン・ファリス夫妻はミュージックビデオ・TVCM出身のバリバリの映像派です。だから、細部の大切さをよく知っている。ちょっとクリント・イーストウッドあたりには真似できない芸当です。オープニングの細やかさとその完璧な構成は近年でも随一でしょう。
冒頭、ミスコンクランプリ授賞式のビデオを繰り返し再生する妹。このビデオのビューティークイーン、どこから探してきたんでしょう。完璧です。こんな隙のないアホ面、なかなかいません。そのアホ面を写す妹のメガネ。加工したはめ込み映像ですが、実に自然で、なおかつ意図的。
トイレでヘロインを吸う爺さん。このトイレ、セットでしょうか? ロケでしょうか?鏡に写る便器の一部のそこはかとない汚れ方、鏡際の化粧小物を含めて秀逸。
公演中の父さん。この時代に、プレゼンテーションがオーバーヘッドプロジェクター。脇に置かれた椅子はいくつか不ぞろいで上手く重ねられていません
入院中の伯父さん。車椅子に乗って外を見ているのですが、画面の端に配置されて視線の先がカメラに入ることはありません。不必要に広い室内。無愛想な合板の机の上に乗った病人用の洗面器セットは、水道から遠く離れて使われた跡がありません。
 室内トレーニング中の兄さん。誰ですか? 彼の手に指だしグローブをつけようと言い出したのは? よく効いています。トレーニングの中途半端な本気ぶりがたまりません。

 セットにしろ、ロケにしろ、コップ一つ選ぶところから積み上げて構成された画面から伝わる空気がこの映画の魅力の一つです。

→続く
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2007年

02月26日

(月曜日)

ディパーテッドおめでとう。スコセッシありがとう。

 えー、僕が凡庸と言った作品がアカデミー作品賞でした。
 まぁ見る目がないって事で。アカデミーのこれまでのスコセッシに対する仕打ちを考えると、当然かなという気はしますが。ノミネート中最も偉大な監督は誰か?という質問なら、僕も諸手を上げてスコセッシです。
 ショックだったのは、リトル・ミス・サンシャインがどこにも入らなかったこと。僕が見た中では作品賞ノミネート中随一かと思ったのですが。

 大体毎年アカデミー賞では、僕のその年のイチオシが敗れていくのが恒例となっております。「ショーシャンクの空に」が「フォレスト・ガンプ」にメタクソにやられて無冠だったときには、アカデミー会員は頭がどうかしてるんじゃないかと怒りましたが、「トゥルーマン・ショー」がノミネートもされなかった時には爆笑してしまいました。

 以来、アカデミー会員のみなさまとは意見が全く合いません。

 モチロン見せる側のアカデミー会員と見る側の僕では、僕(客)のほうがずっと偉いので、僕が正しくて他がみんな間違っていると思っております。

2007年

02月22日

(木曜日)

やたっ♪

うひ。ここ最近で一番嬉しいニュースです。
「映画どろろ、続編2作品製作決定!」

 監督・主演も変わらないようで、これほどの駄作をあと二本も見れるかと思うと、心躍ります。いや、むしろ、たいていの三部作での、「2作目以降が初期作よりも駄作になる傾向」を踏襲して、これ以上の駄作に仕上げていただきたいところです。是非年度を1年づつずらしていただいて、きいちご賞3連覇を成し遂げて欲しい。

 え?次回は2009年公開予定? そんな馬鹿な! どう視ても各シーンワンテイクしか撮ってないのに、何で2年もかかるんですか! 3連覇の夢はどうなるんですか!

 いやー、嬉しい。流行の三部作形式を初めて取り入れるのが、よりによって「どろろ」とは。早く「第2作は尻切れトンボで消化不良」とか、「第2作が一番良かった。最終作はクソ」とかの、三部作特有のバカセリフを言いたいなぁ。

2007年

02月21日

(水曜日)

演技と記号

 ネガティブなネタしか思いつかないときは、それで押してみることにしました。今はなぜかヒネた中学生みたいにイヤミなネタしか思いつかないんですよね。
 
 はっ!中二病の再発ですか?

 そういうことで、どろろをこき下ろしているサイトを検索して楽しく鑑賞していたのですが、その中に「ツマブキは演技が下手。盲目の演技は黒目を動かさず、瞬きをしないのが基本。それが出来ていない。」というものが。

 みなさん、盲目の人の事をちゃんと正面きってみたことがありますか?

 瞬きしますし、目も動かしますよ? じゃ、なんでこんな記述が?
 それは、「盲目であるよりも、盲目っぽい演技」をみんなが求めているからだろうと思うのです。ファンタの、「オレンジよりオレンジ味」に通じるものがありますね。

 確かに、現代の映画において、「役になりきった演技」や、「微妙な演技」は、必要なくなってきています。前者は、人気俳優・名優と呼ばれる人たちをみれば一目瞭然。アル・パチーノさんとか、桃井香とか、むしろどんな役をやっても、その役者以外の何者にも見えない事が求められています。後者は、撮影と編集と無表情で、どんな微妙な演技も可能である事がほぼ分かっています。たとえば、無表情の役者を写したカットのすぐあとに、ステーキがジューって音を立てているカットを入れると、役者がおなかがすいている演技をしているように見えることが実験から分かっています。

 そういう状況下で必要なのは、むしろ記号としての演技であり、目が見えない人を模倣するよりも、盲目の人を観察したことがない人の中の、「盲目のイメージ」にあわせることのほうが大事ということですね。

 まぁ、この文章書いた人が、そこまで考えたとは思えませんが・・・・・・

 ウソ・大げさ・紛らわしくても、納得のほうが大事。まぁ、映画や、ファンタ等の嗜好品だけにしておいて欲しいですね。

2007年

02月19日

(月曜日)

豪華三本立て

いや、実際には三本連続で映画を見てきただけなのですが。
本日は当直明けに7時間映画を見るとコメカミが攣りそうになるということを学びました。

なのでもう寝ます。

一言づつだけ感想を。

・ディパーテッド
 凡庸。どーした、スコセッシ。

・ドリームガールズ
 良作。ミュージカル映画が悪く転んでも佳作になることを考えに入れたとしても、よく作ってます。ただし、ジェニファー・ハドソンのアカデミー助演女優賞ノミネートは不服。ノミネートするなら主演女優賞だろ、どう見ても。助演賞はむしろビヨンセに捧げたい。

・どろろ
 やりましたね、柴咲さん。今年こそ木いちご賞最有力!

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