サイコロ追跡中。

サイコロの転がる、その先へ。

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2008年

10月19日

(日曜日)

もう、属する集団が違うとしか。

 最近、とても違和感を覚えることがひとつあるのですが。

 国旗掲揚の時や国歌斉唱の時、左胸に手を当てているひと、やたらいませんか?

 いや、いいんですよ? 敬意の表しかたって人それぞれですから、他人に伝われば。でも、結構長い間(ここ7・80年ぐらいは)この国では敬礼か目礼・直立不動が礼儀じゃありませんでした? なぜ洋式がとりいれられたのかしら。お隣の韓国では、左胸に手を当てるのは法律みたいですけど。「国歌に敬意を表したいが、どうやったらいいか知らない」人たちがやるのかしら。それとも単にカッコイイから?
 なにか僕の下の世代で決定的な断絶でも起こったのでしょうか? 最近、国家の大臣にするには正直すぎる人が批判した団体のせいかしら?

 でも、僕も国旗・国歌に対してどうするかというのは、じいちゃんや親父がどうやってるかを見てそう思っているだけで、学校で習うもんじゃないような気がしますね。それに、上記団体が幅をきかせすぎている地域出身ですし。そもそも同年代の人もやっているわけで、なんで僕はこんなに違和感を覚えるのでしょうか?

 そのうち、これも文化になっていくのでしょうか?
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2008年

08月19日

(火曜日)

ときには中学生にもどろう。……嫌われる人間について

自分のあまりの厨房くささに悲しくなることがある。例えば、3か月ぶりに書くこのエントリがそうだ。

あなたも、自分の中に潜ったことがあるだろう。自分の才能や、特性や、能力について自らを検索したことがあるだろう。普通、こういうことは高校生や大学生までに終わらせておくことだ。しかし、僕は30を前にした今でも、底のない水槽の中に潜り続けている。

中学生も終わりになるころからだろうか。自分に特異な才能があることに気づいた。自分が全く意識しないうちに他人を怒らせることができるという才能だ。まあ所謂「ヤなやつ」「ムカつくやつ」「虫の好かない奴」ということだ。これは自己の矮小化ではない。身に周りの人間にインタビューした、客観的事実である。ただ、そのインタビューで「具体的な内容」に触れる人間は少なく、結局自分の「何がそんなに人を怒らせるのか」が完全にはわからないままここまでやってきた。

なんとか気づくことができたのは以下のような点だ。
どうやら僕は高慢チキな態度をとるらしい。全く意識していないうちに。実際には僕はほとんどの人に劣等感を感じているのだが、外に出る態度は全く逆のようだ。しかも、「どんな発言が」と云うよりは(もちろん発言が高慢チキなこともあるのだが)、「全体に漂う雰囲気が」ということらしい。
あと、デブである、ということも大きな要因のようだ。度を超えたデブの印象は不快そのもので、この第一印象を覆すのはかなり難しい。
声のトーンも一役買っているようだ。僕は普通の男性よりも声のトーンが高い。これが早口になるとヒステリックな印象を与える。
雑用がすごく苦手、というのも見逃せない。あらゆる仕事の7割は雑用だから、こういうのを「仕事ができない」という。
「腹が立った時にそれを隠すのが苦手」というのも嫌われる要因だ。特に疲れていて忙しい時に。

総じてみると、仕事ができないくせにピリピリしている高慢チキな高音デブということになる。

うわぁ。ドラマとかに出てくる一番やなやつだ。

あと10年たったら治るだろうか。それが心配でならない。

まぁひとつだけ世間の皆様に言えることがあるとしたら、
「ヤなヤツが自分がヤなヤツだと気づいていない可能性は低い」ということだろうか。

2008年

05月19日

(月曜日)

医者のブログと医療崩壊  一番損をするのはだれ?

まぁもうみんな知ってるから書きますけど、僕、医者です。

で、やっぱり最近医者のブログでは
これについて書かないわけにはいかんなぁという雰囲気があるのですね。
最近巻き込まれたからというのもあるけど。

さて、医者の間では最近の訴訟ブームとトンデモ判決に対してブーイングの嵐です。
まぁぶっちゃけた話が、医者が理解不能の理由で訴訟を受ける。
ミスがあったとしても、誰もがやりかねない事でびっくりするような額を請求され、それが通っちゃう。
結果が重大だと、(死亡とかね)過失がなくても「期待権侵害」とか言ってしまう。

で、僕がどうかっていうと、ちょっと医者も落ち着けって感じですね。
正直、他の分野でもおんなじだと思うんです。

この国の司法が、「素人が玄人を裁く」という構造を持っている以上、絶対にこういうことは起こる。
さらに、ミスがあってそれが死につながったのなら、請求を受けなければいけない。
ミスがあったかどうかは司法が指摘するべきで、医師はその助け(鑑定とかね)をする。

司法はそれでいいのですよ。司法は。独立しているんだから。

問題はこの国の医療はどんどん衰退するということですね。

これは単純に経済学と、心理の問題なんですよ。
正直ね、医者の資格があれば、儲からないまでも、危ない仕事なしで何とかやっていける。
救急とか、一生しないって誓ったら、やらなくたって食っていける。
お産も、新生児も、小児科も、やらないならそれで構わない。
でね、もう一つ言えば、実はそういう仕事のほうが給料良かったりする。
開業して、9時5時で業務終了。時々夜間診療所や休日診療所に応援に行く。
その方がお金が儲かったりする。儲からなくてつぶれても、仕事に困ったりはしない。

で、救急の現状を見る。やりがいはある。とかく、命を救う仕事はとても誇らしい。
一生懸命やる。
でも、ミスはある。人間だから。神様じゃないから。
で、ちょっとのミスがたちまち重大な結果を招く。
そこで訴訟ですよ。

訴訟はね、傷つく。プライドも傷つくけど、そんなちんけなもんじゃない、
もっともっと奥の方がね。

ま、考えてごらんよ。
商談する。顧客のために全力を尽くす。
少しのミスで顧客に被害が及ぶ。顧客から非難轟々。訴えられる。
やる気なくすよね。
加えて場合によっては逮捕される。

正しいことだとは思うよ。テキトーな仕事をする医者に鉄槌を下すのは。
結果責任論だって単独で考えればべつに正しくないとは思わない。

じゃその社員、次にどうなるか。
「ミスをしなように頑張る」? そうかな?
ミスって頑張ったらなくなるの? 
社会人だったらわかるでしょ?
ミスは必ず起こる。でも、医者はその結果が重大すぎる。

患者のために頑張る。全力でやる。でも、要求される能力は神様級。

どうする?

善意の人はこう考える。
「自分には救急医療をやる能力がない。情けないが、社会に害悪を広げるよりもこの場を去ろう」
普通の人はこう考える。
「冗談じゃないよ。患者が亡くなっただけでもとてもつらいのに、その家族に訴えられる。患者が好きだ。家族も好きだ。だからすべてを捧げている。だからこそ、その人たちから非難されると、もう辛すぎて立っていられない」

そう。今僕は無意識にそう書いたけど、「立っていられない」のだ。
残念だけど人間は、やりがいそのものから殴られて立っていられるほど強くない。

悪意の人は?
悪意の人ははじめから救急医療はやらない。

結果どうなるか。
リスクの高い医療から手を引く。
神様みたいな人か、神様ぐらい自信のある人しか残らない。

他の人たちはみんな逃げて、
逃げた先で十分に満足できるお金をもらって、自分の人生を生きている

医者ブログではみんな怒っているけど、みんないい人だなと思う。
自分よりもこの国を憂いているのだから。
僕は違う。
怒らない。

僕は良い医者ではないから、ハッキリ言う。

べつに構わないじゃない。この国の医療がどうなっても。
知ったことじゃないじゃない。困るのは僕じゃない。
みんなで手をつないで医療崩壊へ落ちていきたいんだから、見守ればいいじゃない。

一番困るのはだれなのか。

怒っている医者は、良い人ですよ。

2008年

03月04日

(火曜日)

モチベーションダダ下がり

たまに長文記事を書くと、2回連続で保存に失敗するのって、なんか憑いてるんでしょうかねぇ。
もうブログやめなさいってことカモ。
とりあえずふて寝することにします。

2008年

02月24日

(日曜日)

ネット生活

僕のネット生活ですが、昼休みにちょいと暇があるのでメールチェックの後に返事を書き、なおかつお気に入りのサイトとブログを一周してきます。
意外にに暇がないのは夜で、暇があっても、夜中に仕事が入ったりすると悲惨なので「隙あらば寝る」という習慣がありますので、長いメールの返事を書くと精一杯で、これがブログの更新が遅れる最大の要因なわけです。

ケッキョク何が言いたいのかというと、巨大匿名掲示板まで行って忙しい自慢をする暇はないぞということなのです。

とりあえず、内輪に向けて誤解を解いておきたいTzでした。

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